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- 国:中国 - 地域:四川省 / Shuangliu District
午後二時。 路面は薄く湿っている。昨夜の雨の名残りで、アスファルトの継ぎ目に茶色い水が溜まったままだ。頭の上には送電線が三本、平行して走っている。電線に挟まれた空は白い。雲の境界線がない。 通りに面した一階の鉄格子の窓から、テレビの音が漏れている。ドラマのせりふ。笑い声のあと、主題歌のさびが短く鳴って消える。軒先に吊るされたポリ袋が、排気と一緒に揺れた。 あなたは菜市場の出口に立っている。 手にはビニール袋。中に豆腐が一丁入っている。それだけだ。隣で女が刻み生姜を量り売りで買っていた。天秤ではなく、デジタルのはかりだ。表示は赤いLEDで「78g」と出ている。 市場を出たところで、荷物を運んでいた男が立ち止まった。 五十がらみ、灰色のポロシャツ、膝のあたりが薄くなった黒いズボン。荷車の上には大きな段ボールが二つ。男はあなたのビニール袋を見て、四川語で何かを言った。聞き取れない。ただ「豆腐」という単語だけが聞こえた。 男は笑いながらまた何か言い、顎で前方の建物を示した。 五階建ての古い住宅棟。外壁は元は白かったと思われるが、今は水染みで縦に灰色の筋が入っている。一階に小さな雑貨屋が入っていて、ドアの外に洗濯ばさみとモップの柄が立てかけてある。男はその棟に住んでいるらしかった。荷車を引きながら棟の入口へ歩いていく。あなたはそれについていった。 階段は幅が狭い。コンクリートの壁に手すりが一本。踊り場に植木鉢が置いてあって、中の土は干からびている。植木鉢のそばに子供用のサンダルが片方だけ落ちていた。三階まで上がったところで、男が立ち止まった。ドアを叩く。 ドアが開いた。 声が聞こえる。女の声と、もう少し高い声。子供かもしれない。男が中国語で何かを言い、あなたを指差した。ドアの内側から顔が出た。三十代後半に見える女だ。白いノースリーブのTシャツ、黒い七分丈のパンツ。短く切った黒髪の根元がわずかに伸びている。女はあなたを一瞥して、また男に何かを言い、次にあなたに向かって「進来(入って)」と言った。 室内は廊下がなく、すぐに居間に続いていた。 床はフローリング調のビニールタイル。継ぎ目の一か所が浮いている。ソファはベージュの合皮で、肘掛けのところが擦れて下地の白いスポンジが見えている。テレビは五十インチ以上ありそうな液晶で、画面が点いている。音は消してある。台所の方向から、油が温まる音がした。 まだ何も入れていないのに鍋が鳴っている。 女が台所に戻っていく。あなたはソファに腰を下ろした。クッションが沈む。テレビ画面には字幕つきのバラエティ番組が映っている。男は段ボールを部屋の隅に置き、タオルで首の後ろを拭いた。 しばらくして台所から音が変わった。 油に何かが入った音。高い、少し跳ねるような音。それから間をおかず、別の何かが入る。鍋をあおる音。鍋底と具材がぶつかる規則的な音が五回、六回と続いた。次に、液体が入った音。低くなった。 花椒の匂いが来た。 台所から直接、濃くなる。目の奥が少しひりつく。あなたは鼻から吸い込んだ。唾液腺が動く。鍋の音がまた変わった。今度はゆっくりと、一定間隔でぼこぼこと鳴っている。煮えている音だ。 しばらくして女が皿を持って出てきた。 テーブルの上に並べる。白い四角い皿。その上で赤い汁が揺れている。豆腐の白い塊が沈んでいる。塊の表面は崩れていない。四角い形を保ったまま、汁の中にある。ひき肉の茶色が見える。表面に赤い油が光っている。その赤い中で、黒い粒と緑色の小口切りがちらちらしている。 米のご飯が茶碗に盛られた。 男がどこからか椅子を持ってきた。あなたに差し出した。 女が箸を置いた。テーブルの上。あなたの前に。 ---
今日のふらりごはん

料理名

麻婆豆腐 / マーボー豆腐

この料理について

四川省成都を中心とした家庭で、週に何度も食卓に上がる平日の常食。日本で広く知られるものより油が多く、花椒(ホアジャオ)の痺れが前面に出る。豆腐と豚または牛のひき肉を使い、一人分の米飯を食べきるための「おかず」として機能する料理である。


材料(2〜3人分)

食材分量日本での入手備考
絹ごし豆腐(または嫩豆腐)1丁(400g)スーパー全般木綿でも可だが食感が変わる(後述)
牛ひき肉(または豚ひき肉)80〜100gスーパー全般成都では牛ひき肉が多い。豚でも可
豆板醤(ピーシェン豆板醤)大さじ1〜1.5KALDI、業務スーパー、Amazon核。省略不可
豆鼓(トウチ・黒豆豉)小さじ1〜2富澤商店、KALDI、中華食材店刻んで使う。省略するとコクが落ちる
花椒(ホアジャオ)粉小さじ1/2〜1KALDI、Amazon、富澤商店核。省略すると別の料理になる
ニンニク2片スーパー全般みじん切り
生姜1かけ(10g)スーパー全般みじん切り
長ねぎ(または青ねぎ)1/3本スーパー全般小口切り。仕上げ用
鶏がらスープ(または水)150mlスーパー全般鶏がらスープの素で可
醤油小さじ1スーパー全般薄口または老抽(老酒醤油)があれば
砂糖ひとつまみスーパー全般量は極少量
水溶き片栗粉片栗粉大さじ1+水大さじ1.5スーパー全般2回に分けて加える(後述)
植物油大さじ2〜3スーパー全般ラード可(風味が増す)
適量スーパー全般豆板醤の塩気で調整

アレルゲン:大豆(豆腐・豆板醤・豆鼓)、小麦(豆板醤に含まれる場合あり)、ごま(一部の豆板醤・豆鼓製品)


ソース照合メモ

食材・要素現地語ソース(中国語)英語ソース日本語ソース判定
豆板醤(郫県豆瓣)◎頻出・核として明記◎頻出◎頻出必須
花椒粉◎頻出・仕上げに必ず使用◎頻出◎頻出必須
豆鼓(黒豆豉)◎頻出△一部のみ△言及あり現地語優先で必須
牛ひき肉◎成都系では牛が主流△牛・豚どちらも記載△豚が多い地域固有(牛推奨)
水溶き片栗粉2回がけ◎明示◎明示○言及あり必須
絹ごし豆腐◎嫩豆腐(柔らかい豆腐)が基本◎silken/soft tofu◎絹ごし必須
ラード使用○一部ソースオプション(風味差あり)
青ねぎ仕上げ◎頻出◎頻出◎頻出必須

この料理を成立させる核

  • 郫県豆板醤(ピーシェン豆板醤)を炒めて「赤い油」を出すこと:油の中で豆板醤を中火でじっくり炒め、赤い色素と辛味を油に移す。これが麻婆豆腐の赤い外観と香りの起点になる。この工程を省くと別の豆腐料理になる。
  • 花椒粉を仕上げに振ること:「麻(マー)」=痺れはこれが出所。加熱しすぎると揮発するため、必ず盛り付け直前か直後に振る。
  • 豆鼓(トウチ)を加えること:発酵した黒豆の塩辛いコクが、豆板醤の辛味と重なって奥行きを作る。英語レシピでは省略されることがあるが、現地語ソースでは必須扱い。
  • 水溶き片栗粉を2回に分けて加えること:1回目でとろみをつけ、2回目で表面に艶を出す。一度にまとめて入れると粉っぽくなる。
  • 豆腐を崩さずに仕上げること:絹ごし豆腐を使い、混ぜすぎない。鍋をあおらず、鍋を傾けて汁をかけるようにして火を通す。

作り方

  1. 豆腐を下茹でする:豆腐を2〜3cm角に切り、塩を加えた湯で2分ほど茹でる。ざるに上げ、そっと水気を切る(崩れやすいので注意)。
  2. 油を熱する:フライパンまたは中華鍋に植物油(またはラード)を入れ、中火にかける。
  3. 豆板醤を炒める:油が温まったら豆板醤を加え、中火のまま1〜2分じっくり炒める。赤い油が滲み出てきたら次へ。
  4. 香味を加える:ニンニク・生姜のみじん切り、刻んだ豆鼓を加え、30秒ほど炒める。
  5. ひき肉を加える:ひき肉を加えて色が変わるまで炒める。
  6. スープを注ぐ:鶏がらスープ150mlを加え、醤油・砂糖で調味する。沸いたら豆腐を加える。
  7. 豆腐に火を通す:蓋をせず、鍋を軽く揺すりながら弱火〜中火で3〜4分煮る。スプーンや菜箸で混ぜない。
  8. 片栗粉1回目:水溶き片栗粉の半量を回し入れ、鍋を揺すってとろみをつける。
  9. 片栗粉2回目:10秒待って残りの片栗粉を加え、もう一度揺する。
  10. 盛り付け・花椒粉:皿に盛り、青ねぎの小口切りを散らし、花椒粉を全体に振る。

食べ方

白米の上に汁ごとかけて食べるのが成都の家庭での基本スタイル。箸で豆腐を崩しながら米と混ぜて食べる。スプーンを補助に使うことも多い。副菜は不要で、これ一品に米だけで成立する。


補足

失敗しやすいポイント

  • 豆板醤を炒める時間が短いと、辛いだけで香りが出ない。赤い油が分離して浮いてくるまで待つこと。
  • 片栗粉を一度に入れると鍋底に固まる。必ず2回に分けて、鍋を揺すりながら入れること。
  • 豆腐を混ぜすぎると崩れる。「混ぜる」ではなく「揺らす」。

代用提案

  • 郫県豆板醤 → 一般的な豆板醤:辛味は出るが、発酵した甘みと複雑さが減る。辛さのみで平板な味になりやすい。本来の豆板醤はKALDIやAmazonで入手可能なため、できる限り本物を使うこと。
  • 花椒粉 → 省略:これは「別の料理」になる。痺れが不要な場合は量を減らすことはできるが、完全に省くと麻婆豆腐の定義から外れる。
  • 豆鼓 → 省略:省略してもある程度成立するが、コクが薄くなる。代用として味噌(少量)を加える方法があるが、風味の方向が変わる。
  • 絹ごし豆腐 → 木綿豆腐:下茹でしても崩れにくくなるが、食感が硬くなりとろみと馴染みにくくなる。

時短バージョン

  • 豆腐の下茹で工程は省略可。その場合、豆腐が水っぽくなるため、スープの量を120mlに減らすこと。

翌日の楽しみ方

  • 冷蔵保存で翌日も食べられる。豆腐がスープを吸ってさらに味が染みる。加熱時は弱火でゆっくり。沸騰させると豆腐が固くなる。
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